螺旋のモノリス~京都湯けむり殺人神父ラヴィニ―のドキ☆釘付け魅惑大胸筋~

小説書きでミニチュアゲーマーが何の生産性もない無益なことばかり延々とくっちゃべってるブログ

第二次維沙育成方針会議

 これまでの人生を極端な実存主義のごり押しで通してきた久我絶無にとり、自分が特殊な才能を持った人間であると聞かされたところで喜びなど微塵も沸いては来ないのであった。
 ――何が「選ばれし者」だ。馬鹿馬鹿しい。
 むしろ怒りが湧いてくる。「選ばれし」って何だ「選ばれし」って。そんな受け身の言い回しも気に入らない。自分は何にも選ばれてなどいない。むしろ僕が貴様らを選ぶ立場だ弁えろこの野郎と言いたい。
 だがまぁ、とにかく、だ。
 状況を整理しよう。
 ――まず、自分は異世界に飛ばされた。
 この時点で、なんというかもう、頭痛しかしてこないのだが、とにかく続ける。
 ――そこは剣と魔法とモンスターが跋扈する世界であり、かつここは極点に近い緯度に漂う浮遊大陸らしい。
 眉間の皺を揉み解す。大丈夫。僕はまだ冷静だ。
 ――そして自分は、この世界に来た時点で「選ばれし者」なる才能を身につけた、らしい。
 具体的には、「血統種」と呼ばれる強大なモンスターを倒した際、彼らの力の源となる「純血晶」を引きはがし、その復活を永遠に阻止できる極めて希少な才能である。
 自分以外の人間では、仮に血統種を倒しても、純血晶を取り出すことができず、結局復活を許してしまうらしい。
 ――ゆえに久我絶無は、この才能を存分に駆使して純血晶を集め、その超常的な力をもって元の世界に至る扉を開かねばならないのだ。
 深い、深いため息をつく。
 わかった、わかったよ。いいとも。夢だ何だと騒ぐのは趣味じゃない。目の前に広がるこの馬鹿馬鹿しい現実を受け入れようではないか。本格的な魔戦(メギド)が始まったばかりのこの時期に、まったく何という事態に巻き込まれたことか。何としても元の世界に帰還せねばなるまい。何より黒澱さんと早急に再会せねば。

 などと考えながら我武者羅に血統種を倒し始めた久我絶無だったが、のちに黒澱瑠音と久我加奈子までこの世界に飛ばされてくることになり、大いに脱力するのであった。

 ●

「何も除名せよと言っているわけではない」
 何の温もりも感じられない凍てついた声が、絶無に浴びせかけられてきた。
 腰まで伸びるぬばたまの髪が、男の冷酷な美貌を縁取っている。
「現状、維沙・ライビシュナッハに使い道がないのは事実だ。期待されていた弓術がまるで機能せん以上、『火力支援も可能な人形使い』という理想は完全に潰えておる」
 魔月・ディプロア・カザフィテス・カナニアス。
 絶無と同じく、こことは異なる世界から飛ばされてきた「異邦人」の一人であり――まことに遺憾ながら、絶無隊における軍師役のようなことになっている。
 だが――絶無自身は彼を仲間などと思ったことは一度もない。冷酷な判断力と超一流の実務能力にはいささかの共感やリスペクトを抱かないでもないが、根本的なところでは決して相容れぬ男だ。故郷の世界にいた界斑璃杏ほどわかりやすく破綻しているわけではないが、もっと根深いところで「まったく救いようのない人間」であるという評価を下さざるを得なかった。
「使い道がない、というのは言い過ぎだ。確かに久我の初期構想は当てが外れてしまったが、普通の人形使いとしては特に問題ないはずだ」
 魔月の反対側に座る少年が、かすかに眉をしかめて反駁する。
 常に少し眠そうな表情をしているが、今は少しばかり不機嫌そうだった。
 諏訪原篤。
 ――異邦人の一人である。そして絶無と最初期から常に共に戦ってきた仲間でもあった。まぁ控えめに言って馬鹿のたぐいだが、破綻すれすれの強い覚悟と意志力を絶無は非常に評価していた。何より、この男を動かす理屈を超えた直観めいたものは、絶無の予測すらしばし上回る成果を出すことがある。直観力などと――諏訪原篤に出会うまではまったく、オカルトの類としか思えなかったものだが、認識を改めざるを得なかった。頻繁に切腹を試みようとするのを殴って止めるのはもうウンザリだったが。
「維沙は……狼淵と肩を並べて戦いたいと言っている。その気持ちを汲んでやりたい」
 特に口には出さないが、絶無もまた完全に同感であった。人の持つ可能性――などと言えば大げさだが、強い決意をもってより強い何かになろうとする弱者を、絶無は全肯定する。
「阿呆か貴様。余は生きる死ぬの話をしておるのだ。そのおぞましい感傷を判断に紛れ込ますな。だいたい、人形使いならすでに貴様の連れの霧沙紀藍浬がおろうが。あれ一人で充分である」
 霧沙紀藍里には一度クレリックを経験させ、ハイマルチキュアを取得した時点で人形使いに転職させていた。「高ランクの回復魔法を使える人形使い」というビルドは、概ね成功と言っていい。基本的に、仲間が負傷するまであまり優先してやることがないクレリックと、その隙間を埋められる人形使いは相性の良いクラスと言えた。
「繰り返すが、除名しろと言っているわけではない。人的資源は有効活用されるべきである」
 そして絶無に対して肘を乗り出し、ねめつけるように言った。
「フリーマンに転職させよ。あれなら居れば居るほど役に立つ」
 それを聞いた瞬間、諏訪原は苦虫を嚙み潰したような顔になった。
 別段、フリーマンというクラス自体がどうこうという話ではない。戦闘ではまったく使い物にならないため自宅警備員などと揶揄されがちだが、経済面や医療面で有用なスキルを取得するし、戦闘部隊がダンジョンに潜っている間普通に金を稼いでくるため、あらゆる意味で自宅警備員ではない。
 さらに言うと、彼らのスキル効果は複数人いると累積する。「居れば居るほど役に立つ」のは事実だ。
 だが――絶無としては維沙のフリーマン転職は気が進まなかった。
 現在、絶無隊に所属するフリーマンは二名。闇灯聲司郎と久我加奈子である。まったく、魂レベルで荒事には向いてない二人であり、二人とも一も二もなくフリーマン志望であった。いわば積極的フリーマンであり、あれが奴らの天職なのである。やりとりを見ていると漫才コンビにしか見えないし、連戦でへとへとになりながら異邦人ギルドに戻ってきた際にあの阿呆二匹に出迎えられると、なんかもう何もかもどうでもよくなってくる脱力感が深刻であるが。
 ひとつ息を吐き、絶無は口を開いた。
「僕をナメているのか貴様。奴の資質を埋もれさせる行いだ。あり得んな。もう少しマシな献策をしろ」
「ほう、では「選ばれし者」どのの考えを聞こうか。あのまるで何の役にも立たん賤民の無産浮浪者風情に、どういう可能性があると言うのか」
 鈍い音がした。諏訪原が拳をテーブルに打ち付けたのだ。
「……俺の仲間を侮辱するな」
「侮辱? 事実の指摘である。まったく貴様のような人器を見ると反吐をこらえるのに苦労させられる。少しは感情論以外の言葉を吐けんのか愚物が」
 テーブルに、殺伐とした緊張感が漂い始めていた。



 ――つづく。



(え、続くの!?)