螺旋のモノリス~京都湯けむり殺人神父ラヴィニ―のドキ☆釘付け魅惑大胸筋~

小説書きでミニチュアゲーマーが何の生産性もない無益なことばかり延々とくっちゃべってるブログ

第二次維沙育成方針会議 その2

 篤は柳眉を逆立て、立ち上がろうとしたその瞬間。
「篤……絶無……」
 異邦人ギルドの柱の陰から、眼帯をつけた子供が顔をのぞかせた。
 この世界に来た頃は少年めいた短髪だったが、数か月が経つにつれ伸びてきた鼠色の髪は後ろでまとめられている。
 その眼には明確な怯えがあった。
「おやおや、噂をすれば件の下賤がやってきおったわ。はっ! 洗っても拭えぬ卑しい血の匂いで鼻が曲がる」
 無理からぬ。魔月のつくテーブルに好き好んで近づきたがる者など絶無を除いて一人もいない。
「貴様は少し黙れ。話が進まん。それに諏訪原も席につけ。これからこのいけ好かない青瓢箪を見返す話をしようではないか」
「……むう。何か考えがあるのか」
 渋々と椅子に座り直し、今度は維沙に顔を向ける篤。
「維沙よ。こっちに来ると良い。少し話そう」
 魔月や絶無に対するときとは比較にならないほど温かみのある声だった。この男、表情はいまひとつ乏しいが、内側からにじみ出るような強さと優しさがある。自分や魔月が理論面での支柱とすれば、この男は感情面での支柱だった。諏訪原篤がいなければ、魔月と何度殺し合いに発展していたかわからない。殺伐とした極論に走りがちな絶無&魔月の策を、篤が他のメンバーにも受け入れられやすい形に調整する。いつのまにかそのような役割分担が出来上がっていた。
「う、うん……」
 少し安心したのか、維沙はおずおずと柱の陰から出てくる。
「む……」
 その恰好は……動きやすさと隠密性を最重要視した黒装束だった。
「えっと、さっき団長の部屋にいってきたよ」
「クラスチェンジ、したのか」
「うん……」
 維沙は少しはにかむように両腕を開き、自らの恰好を見せた。
「なったよ……ニンジャ」

 ●

「転職先をニンジャにした理由は三つある」
 絶無は口の端を吊り上げ、足を組んだ。
「第一に、人形使いとは比較にならぬほどの物理攻撃適正だ。基礎命中率の高さに加え、スキル「暗撃」を用いればさらなる命中率の向上が見込める。サブ火力として申し分ない」
 魔月はじっとこちらを見ている。試すような目つきだった。
「第二に、ニンジャは本来どれほど育とうが「弓術」を取得しない。ゆえに初期特性として維沙が有する弓術の才が活きる」
 うむうむ、と篤が重々しく頷いている。本当にわかってんのかお前。
「第三にして、これが最大の理由だが――ニンジャは「隠れる」スキルによって隠密状態となり、敵の物理攻撃を無効化できることが最大の特徴だが、本来であれば隠密状態のときに攻撃などの何らかのアクションを行うと、敵に見つかってしまう。ところが人形使いのスキルだけは、どういうわけか使用しても隠密状態が解除されないのだ」
「馬鹿な。道具の使用すら隠密状態解除の原因になるというのに、そんなことがありうるのか」
「推測に過ぎんが、人形使いのスキルはいずれも直接的に攻撃や回復を行うものではない。ゆえに解除条件に抵触しないのかも知れん」
「う、うむうむ」
 わかってないのにわかってるフリをするんじゃない諏訪原。
「……これにて僕の初期構想どおり、隠密状態から敵を弱体化させるスキルを行使し、必要な時は火力支援も行える弓使いが誕生したわけだが、何か感想はあるかな? 魔月・ディプロア・カザフィテス・カナニアス」
「理屈はわかった。実地試験である」
「なに?」
 魔月は悪鬼のごとき笑みを浮かべた。
「ほれ、地下死街におったであろう。「徘徊する悪霊騎士」とやらが。あれを殺るぞ。それでその賤民が戦力として機能したなら、ひとまずフリーマン転職は撤回しても良い」
「貴様……」
 篤が据わった目で魔月を睨む。
 維沙は恐怖の混じった緊張に身をこわばらせていた。
 ――徘徊する悪霊騎士。
 個体名「ガイゼル」。
 猛毒の沼に沈んだ廃墟の市街を闊歩する、異形の絶望。
 その異常極まる戦闘能力によって絶無に当面の討伐を断念させたほどの力を持つ血統種である。
「――当然、」
 絶無は口の端を吊り上げ、酷薄な笑みを浮かべた。
「貴様も来るのだろうな? 誇り高きカザフ公どの? まさか実地試験をこの目で確かめないなどと、そんな筋の通らないことは言わんだろうなぁ?」
「良かろう。ウィザードとしてできる支援はすべてしてやるとも」
 氷点下の笑みを返しながら、魔月は――INTのパラメータをすでに限界値まで上げ終えた魔導の貴公子は、絶無の眼を正面から見返した。