螺旋のモノリス~京都湯けむり殺人神父ラヴィニ―のドキ☆釘付け魅惑大胸筋~

小説書きでミニチュアゲーマーが何の生産性もない無益なことばかり延々とくっちゃべってるブログ

第二次維沙育成方針会議 その5

 異邦人ギルドは、城塞めいた構造を持つ正六角形の建造物である。
 周囲の家屋に比べて段違いに高く、そして堅牢な石造りの拠点。
 この世界において異邦人がいかに重要な存在であるかを如実に物語る光景である。
 ――異邦人ギルドの屋上から見る空は、圧迫感を覚えるほどの満点の星空であった。
 極夜である。この地――エスカリオに昼は訪れない。
 元の世界ほど夜間に人工の光が溢れているわけではないし、極点近い緯度であるため、大気が澄んでくっきりと天体観測ができる。
 奇妙なことに、それほど寒くはない。これは、エスカリオでのみ産出される血晶と呼ばれる魔法鉱石の作用による。
 絶無は、ひとしきり目を欲しめて星々の絵画に見入ると、視線を地上に戻した。
 屋上の片隅に、緋毛氈を敷いた縁台が据え置かれ、二人の人物が茶を立てていた。
 一人は濃紺の学ランを着こなした美しい青年。
 いま一人は、着流しの上に羽織をひっかけた老人。
 いずれもあえかな笑みを口の端に宿し、ぽつりぽつりと言葉を交わしている。
「以前――と言っても十年ほども前のことでございますか。死合うた相手に似たようなことを問われたことがありまする」
「ほう。なんと?」
「血の赤さを知らぬ者に、命の重さがわかるのか、と」
「……耳に痛い問いですな。」
「おや、あなたは目利きなのでは?」
「左様ですが、小生、流血は好まぬゆえ、やむを得ず命を奪う際は、血の流れぬやりかたでそれを成すことにしてゐたのです。」
「因果でございますな。それ自体は間違ったことではありませぬが――」


「殺される側にしてみれば、どちらも同じだろう。無意味な感傷だな」


 そう声をかけると、二人はゆっくりとこちらを向いた。
 螺導・ソーンドリスと、鵺火総十郎。
 姿はまるで異なるが、どこか似通った空気を纏う男たちであった。
 老人が苦笑する。
「手厳しいですな、お若い方よ」
「その呼び方はやめろ。気に入らん」
「この歳になると人の名前を思い出すのもいささかに億劫でございますゆえ、ご容赦を、絶無どの」
「まあ/\、そのように深刻に受け止められることもありますまい。絶無くんのこれは挨拶のごときものなれば。」
「……くん付けも気に入らんぞ」
「おや? 実年齢においても小生の方がひとつ上であったと記憶してゐるのだが、何か問題かな?」
 眉をしかめる。
 絶無にしてはいささか以上に珍しいことだが、この二人ののらりくらりとしたノリは苦手であった。なんというか、会話の主導権の所在すら曖昧にさせられる。
「まあいい。明日、「徘徊する悪霊騎士」を討伐することになった。螺導・ソーンドリス、助力を頼みたい」
「ふむ……」
 その名を出しただけで劇的な反応が返ってくるのが常であったが、この二人は多少眉を上げただけで、特段の揺れもなかった。
「不可解ですな。このような老いぼれを連れて行かずとも、有望な若者はおりましょう。総十郎どののように」
「駄目だ。鵺火はクロッカーにクラスチェンジしたばかりでレベルが低い」
 肩をすくめる総十郎。
 この青年は、ニンジャとして最終スキル取得まで育成したのち、クロッカーに転職させている。時の流れを操る魔法剣士の戦闘スタイルはもともと合っていたようで、慌ててレベル上げをする必要もないほど様になってはいた。
「そのあたりの機微はよく存じ上げませんが、これまでやつがれを実戦に出さなかったところに、どのような心境の変化があったのでございますかな?」
「正直に言えば狼淵でも勝ち目はないこともないが、詰められる部分は詰める。ただそれだけのことだ」
「……やつがれ、これまでの生で幾度も死合いを繰り返し、人を殺めて参りました。あなたにとっては相容れぬ価値観の持ち主でございます。そのような者に背中を預けるとは、いささか絶無どのらしからぬ振舞かと」
「勝手に僕を量るな。文化が違えば倫理も違う。状況が全く異なる世界の住民にまでこの考えを押し付ける気はない。で、どうなんだ。来るのか。来ないのか」
 生命点が一点しかないこの男に関しては、さすがに無理強いをする気はなかった。
「ふむ、やつがれにしてみれば、生と死に違いなどあらゆる意味でありませぬ。お断りする理由は特にありませぬが――それだけではいささかに面白くない」
 総十郎が横で面白そうに見ている。気に入らん。
「練武場へ参りましょう。剣に運命を預けたるものとして、やつがれより一本でも取れればご同行いたしまする」
「ほう、いいだろう。わかりやすくていい」
「では小生は立会人を務めるとしよう。これは面白いものが見られそうである。」

 ●

「で、現在に至る、と。久我はいつものように小型盾と片手剣か」
「はっはー! 見ろよ、絶無のヤローがまたぶっ飛ばされたぜぇ〜↑?」
「なんでそんな嬉しそうなんでありますかロイドどの……」
「うむ、実にいじましい顔をしている」
「だってよー、あいつがあんな負けまくってるとこ初めてみるぜ俺! いっやーなんか得したなぁ!!」
「確かに、久我ならもっと食らいつくかと思っていたが、純然たる武芸ではやはり年季が違うか」
「ちょっと、いいかげんで止めた方がいいんじゃ……」
「止めたって聞くわけねーだろ絶無だぜ? 野郎どんなド汚い手を使ってでも一本取るに決まってんだろ」
「歪な信頼だなぁ」
「ケガしても小官がすぐ治すであります! フルキュアで筋肉痛も即時殲滅でありますっ!」
「この世界そのへん便利だよなー」
「む、久我が仕掛けるな。盾の防御を……下げた?」
「まぁどのみちジジイの太刀筋は見えねえしな……ってだからって防御捨てていいわけあるかよ。おーいなにやってんだ絶無この野郎ー! 血迷ったか〜?」
「待って、何か、変だ」
「どうしたでありますかイズナどの?」
「両手を合わせて……剣を握る手を盾の中に隠してる……?」
 そのまま無造作に歩みを進める絶無。
 これまでの展開で、何か動けば即座に手首を打たれて武器を飛ばされたことへの防御策か。しかしそれなら上半身を狙われるだけの話である。
 螺導の即死圏内に、入った。
 閃光のごとく突き出される螺導の竹刀。絶無の上半身を捉え――ない。
 狙いを上半身に限定し、即座にしゃがみ込んだのだ。
 当然螺導もそれは予測していたので、そこから斬り下ろしにつなげる。一瞬の遅滞もない滑らかな連結だ。
 これをバックラーで受け流して立ち上がり、仕切り直し、というのが外野の予測であった。しゃがんだ状態では一本と見なせるほどの一撃は放てない。
 が、現実は違った。
 受け流す動作と同時に、バックラーを装着した方の手で木剣の刀身を掴み、柄部分による打突攻撃を繰り出したのだ。
 螺導の竹刀は風車のように翻って上から第二撃を叩き込まんとする。
 直線距離では間違いなく絶無の攻撃軌道の方が短いが、それを追い抜こうとしている。神速の太刀だった。
 両者の攻撃が、交差する――
「むぅ」
「なっ!」
 前衛メンバーである篤と狼淵だけが、その動きを捉えられた。
 絶無の打突は螺導の側頭部直前でぴたりと寸止めされている。
 一方螺導の斬り下ろしは――鋼鉄の刀で受け止められていた。
 鋼鉄の、刀?
「あれ? どこから出てきたでありますか?」
「む、いかん。小生としたことが、近づきすぎてゐたか。」
 出所は――両者のそばで立会人を務めていた総十郎の腰である。
 あろうことか絶無は、打突攻撃で空いた右手で総十郎の佩刀をかすめ取り、防御に回したのだ。
「おやおや、これは」
 螺導が、面白そうに笑む。
「ふむ、立会人を勝負に利用するというのは、いささかグレヰゾオンであるが……」
「いやいや、申し分ない機転でございます。やつがれには文句はござらんよ」
「ふむ、それでは一本! 絶無くんの勝利である!」
「おぉー」
「わー!」
「で? ついてくるのか?」
「無論でございます。絶無どのの知勇、存分に見せていただき申した」
「五回負けた後だ。自慢にはならん。鍛えなおしだ」
 というわけで螺導もパーティに入れることに成功したのであった。
 ――これにて、すべての準備が整った。



 つづく!!!!!