螺旋のモノリス~京都湯けむり殺人神父ラヴィニ―のドキ☆釘付け魅惑大胸筋~

小説書きでミニチュアゲーマーが何の生産性もない無益なことばかり延々とくっちゃべってるブログ

第二次維沙育成方針会議 その8

 壁が来る。押し寄せる。
 そしてちっぽけな人間の肉体に培われた、あらゆる意味での「強さ」を吹き飛ばしてゆく。
 すべてのモンスターの中でも、世界の理に関わる超高純度のエネルギー体「純血晶」をその身に宿す血統種。
 彼らが身に纏う、強制のオーラ。自らより上位の存在を認めない、暴君の殺戮領域。
 維沙を除く五人の肉体が急速に弱体化し、LV23相当の実力にまでパワーダウンしてしまう。
 この弱体化はハードウェアに限ったものであり、脳に蓄積された記憶や戦闘技術などはそのまま残っている。よって厳密には完全にLV23の実力に戻されるわけではないが、それでも肉体的な衰えは覆うべくもない。
 残ったアンデッドどもが、血統種の威光に恐れをなしたのか、左右へと道を開けた。
 その中を、荘厳なる絶望が闊歩する。内骨格生物と外骨格生物の、芸術的な融合。異形と化すまでに鍛え上げられた腕に、黒き光輝を宿すハルバードを携える。
「維沙ァ……」
 右眼を真円に見開き、左眼を切り傷のように細めた絶無が、獰悪な嗤笑を浮かべた。
「……やれ。お前の有用性を示せ」
 維沙は小さくうなずくと、シルバーピアースを背中に戻し、両手の指を複雑な形に組み合わせた。
 隻眼が幽かに細められ、忘我の集中に入る。


「――暗示:盲」


 瞬間、ガイゼルの肉体に痙攣が走った。あたかも体の節々に焼けた針を突っ込まれたかのようだ。怖気だつほどの滑らかな動きに、ややぎこちなさや遅滞が目立つようになった。
 エスカリオにおける「人形使い」とは、暗示をもって敵を操る闇の呪術師の一派を意味する。
 そのスキルはいずれも戦闘中に一度しか使えぬが、切り札と称すにふさわしい劇的な効力があった。
 神経の伝達速度に魔術的な遅延が生じ、人類の動体視力の認識範囲に辛うじて収まらない程度の水準にまで身体能力が落ちた。
 ――だが、即座に応報が来た。
 ガイゼルの馬体より、二股に別れた長大な尾が生えている。
 まるで脊椎がそのままむき出しになったかのような禍々しい蛇腹構造のそれは、本体の意志とは独立して動く自動防衛器官である。その全長は優に五十メートルを超え、ガイゼルに対し何らかの敵対的な行動をとった存在に対し、文字通り雲耀の速度で伸長。鋭利に研ぎ澄まされた切っ先と、蛇腹ひとつひとつに備わった鉤状の突起物によって、敵対者を瞬時に肉片にまで解体する。
 恐ろしいことに、単なる攻撃のみならずデバフをかけるだけでも即応し、しかも後衛で守られていようがお構いなく狙撃してくる。
 前回ではこの触手によって狼淵と攻牙が戦闘開始と同時に惨殺され、十分な打撃も与えられないまま撤退する運びとなった。
 だが。
 触手が、標的を捉え損ねた。
 困惑したようにくねり、周囲に頭を巡らせるが、今しがた主に不遜なる真似を働いた愚か者の姿を捉えられずにいる。
 ――隠密状態。
 ニンジャのみが可能とする、物理攻撃に対する絶対防備。
 人形使いとニンジャの能力を兼ね備えた維沙ただひとりのみが、ガイゼルに対して安全にデバフをかけられるのだ。
 触手の不首尾には構わず、本体が凄まじい突撃を敢行した。淀んだ大気が悲鳴のような音を立てて引き裂かれる。
 百万の騎馬軍団とて、これに比べれば迫力不足と言わざるを得ないだろう。
 闇の炎を纏いしハルバードがガイゼルの頭上で旋回する。その長柄の操作技能は、一見しただけで人智を超越した精妙さだ。身体能力任せの野獣などではなく、悪意と嗜虐心をもって技を磨き抜いた存在であることがうかがえた。
 ざん、と地面を踏みしめる者がある。
 重厚な甲冑に身を包み、神話的戦闘存在の真正面に立ちはだかる、人型の要塞。
 ――諏訪原篤。
 腰をどっしりと落とし、大盾「ミスリルシールド」を前方に構える。反対の手には、「ホワイトランス」が握りしめられていた。
 その総身には――いまだに「デバインアーマー」の加護の輝きがある!
 本来ならばLV27で覚える高等スペルであり、血統種の殺戮圏内では発動すら不可能なはずであったが――絶無はガイゼルの出現方法に注目していた。雑魚戦を長引かせると途中から乱入してくるわけだが、あらゆるバフは戦闘中ならば効果が持続するため、ガイゼルが来る前に発動してしまえばその効果を奴との戦いでも発揮させられるのだ。
「おォ――!!」
 雄渾な烈哮とともに、二者は激突した。
 ――惨麗なる、薔薇が咲いた。
 その魔的戦技によって繰り出される六十八手の斬撃は、あたかも空中に巨大な合弁花が狂い咲くかのような軌跡を描いた。うち十二手は回避方向を限定するための「置き斬撃」であり、三十手は敵のミスを誘うためのエサ、残りはすべて必殺の本命――!
 暴力は芸術となりうる。殺戮は神楽となりうる。その冒涜的現実が今、最も凄惨な形で実演された。
 甲冑が砕けた。血が飛沫いた。肉片がまき散らされた。大盾を握る腕が飛んだ。
 砕け散った兜より、凄愴なる眼光が覗く。
「幽かなる 月を仰げば 紅桜――」
 残った腕が軋みを上げ、筋肉と腱を断裂させながら振るわれる。それはハルバードを振り抜いた直後の、一瞬とも言えぬ寸毫の隙に、吸い込まれるように繰り出された。
 雷光のごとき刺突が悪霊騎士の胸板に炸裂。
 その巨体が一瞬宙に浮かび、馬蹄が着地をしくじって体勢を崩す。
 ――ガードカウンター。
 スキルではなく、誰でも行える基本動作だ。しかし、人間を十度引き裂いてなお余りあるガイゼルの猛攻を耐え抜き反撃できる者など篤しかいない。それとてデバインアーマーの護りがなくば到底不可能だっただろう。
 そして――触手は反応しない。能動的攻撃ではないので感知条件に抵触しないのだろう。
「クカカカカ――!!」
 一瞬の行動不能時間。
 猛悪なる嗤いとともに、絶無が弾丸のごとく突進する。
 その陰では、螺導が流れる水銀のごとき体さばきで追随していた。
 ――あァ、いいぞお前、最高だ。
 立ち上がろうと動き出すガイゼルの馬脚、その関節部分を渾身の力を込めて踏みにじった。そしてその反動が、自らの脚を、体を、腕を伝ってエスカリオンに流れ込むよう誘導する。蒼き刃がヴン、と音を立てて光を帯びる。沈墜勁からの絶招。旋回しながら斜め上に剣を構える腕に縄のような筋肉が浮かび上がる。
「ハラワタ見せろやァッッ!!」
 爆音。それは断じて斬撃の音ではない。踏みつけられた馬脚が引き千切れ、倒れ伏すガイゼルは「爆心地」から三歩離れた地点に吹き飛ばされた。
 ――ファイタースキル「ヘビースイング」。
 クロッカーになる前にファイターの経験を積んでいた絶無の、最強攻撃手段である。命中率は低いが、ガードカウンターによって態勢を崩した今ならば確定でねじ込める。
 瞬間、即座に触手が反応。二条の鏖殺鞭が狂暴にくねり、毒蛇のごとく殺到する。
「――クロックアップ
 眉一つ動かさずに、絶無はクロッカースキルを発動。ヘビースイング直後の重い隙をキャンセルし、瞬時に第二撃を放つ。
 再度、爆撃。ガイゼルの甲殻が砕け散り、赤黒い肉がごっそりと抉れた。むせ返るような血臭。
 同時に来たる触手は、マスターバックラーで受け流――し切れるはずもなく、左腕が雑巾のように引き千切れた。
 さらにもう一本、こちらにはもはや対処不可能。しかし――そこにゆらりと陽炎のごとく現れた螺導が黒刀を一閃。脊椎触手を切断した。
 そのまま舞うような穏やかさでガイゼルの間合いに踏み込む。ゆったりとした印象すら受ける動作だったが、それは微細な緩急と重心移動による錯覚に過ぎない。実際には不気味なまでの神速で、剣鬼は悪霊騎士を斬間に捉えた。
 重心を低く落とした抜刀の構えで、口の端に笑みを乗せる。
 そして――


「――修羅・裏式」


 エスカリオ史上空前の、極致を極めた近接戦闘が開幕した。





 ――つづくッッ!!!!!

(決着がつくといったな。あれは嘘だ)