螺旋のモノリス~京都湯けむり殺人神父ラヴィニ―のドキ☆釘付け魅惑大胸筋~

小説書きでミニチュアゲーマーが何の生産性もない無益なことばかり延々とくっちゃべってるブログ

過去の文章、発掘更新〜超魔界植物編〜

 その廃墟群は、鉛色の空に照らされて、冷たい陰を身中に飼っていた。
 重い灰色にくすんだ家屋が、巨大な生き物の残骸のように骨格をさらし、見るものに荒涼とした滅びを突きつける。
 住むもののいなくなった山村。
 峰と峰の間に、水溜りのように集まる集落のひとつ。
 木造の壁も、屋根も、看板も、放置された荷車も、柔らかく朽ち、崩れかけていた。
 放置されて数十年――そんな憶測をせざるを得ないほどの荒れようである。
 だが、事実は違う。
 腐りかけた建物の足元には、そこかしこに人間の体が転がっている。その姿はまるで腐敗していない。硬く黒光りする肌は煤けてはいるものの、いまだに人としての質感を保っている。
 それだけではない。
 彼らは、生きていた。
 かすかな息づかいが、愁々と村を満たしている。あるいはそれはうめき声だったのかもしれないが、あまりにも小さすぎて判別することはできないだろう。
 目は薄く見開かれ、弱い光を宿していたが、それ以上何もできず、身じろきひとつ許されていない。
 そんな光景が、村中で広がっていた。
 彼らの腹部は、異様な変化を遂げている。不自然に丸く盛り上がり、硬く冷たい質感を宿している。
 土色に変色したその盛り上がりは、すぐそばの地面から生える、木の根のようなものと繋がっていた。
 同化しているのだ。
 前から同化されている者、後ろから同化されている者。ひとまとめで同化されている男女。腰掛けたまま同化されている老人。寝台の中で同化されている子供。
 中には、なにか迫りくる脅威を認識していたのか、古びた斧を振り上げた状態で倒れている者もいる。
 誰も死んでいないにも関わらず、その村は黒々とした静止状態に犯されていた。
 だが、唯一、完全に死した女がいる。槍の穂先で突き抜かれたのか、頭部や背中や腰のあたりには丸く貫通する大きな孔が穿たれていた。
 彼女は、丸めた体の内側に籠を庇っていた。乳飲み子がちょうど納まる程度の、柔らかい布に満たされた籠だ。
 だが、庇われているはずの籠の中身は、空であった。小さな屍すらもなかった。
 母親が倒れた拍子に投げ出されたわけでもない。周囲には誰も倒れていない。
 無論それすらも、この村を飲み込む巨大な異常に比べれば、取るに足りない些事のようにしか思われぬことだろうが。


 ――あなたは月が刻む時を喰べ、その身の裡に無限を孕む。


 かぼそい聲が、旋律の形をとって、鈍色の世界を包んでいる。
 薄く、重く、小さく、惨く。
 楽しげな唄が、空間に沁み入っている。
 此岸ならざる此岸、彼岸ならざる彼岸におわす、強壮なる何か。
 彼の者を称えるその韻律。


 ――己の肉を螺旋に紡ぎ、その節々にわたしを宿す。


 低く、高く、弱く、細く。
 あまりに純真なその祈りの声。発生の源は探すまでもなく。
 村の中央。井戸のある広場。
 そこに、優美な巨樹が生えていた。


 ――あなたはわたしを孕み、わたしはおまえを孕み、おまえはあの子を孕む。


 土色の幹は太く、硬く、健康的な光沢にあふれ、強靭な生命を誇っていた。
 枝は伸び伸びと無数の手を広げ、その指先には可憐な櫻を灯している。
 それは、見るものに何か神聖な気づきを与えるかのような。


 ――あぁ、その無限に連なる自己相似よ。


 どこまでも、深く、深く、赤く、白く、火葬場の焔が凍り付いてできたかのような、その花弁は。
 かすかに、恥らうように震えていて。


 ――だけどあなたよ、わたしにはあなたが見えないのです。


 すべての花が、震えていて。


 ――だからわたしは自らの肉をこね、死にゆくこの地に根を打ち込んだ。


 唄が響くたびに、震えていて。


 ――そしてわたしは花弁を震わせ、見えないあなたを讃えるのです。


 だけどそれは、あまりにも遠く。


 ――咲いた願いは、あまりに儚く。


 汲々と躯を伸ばし、広げ、屹立し、


 ――声を嗄らして、何度も呼ぶ。


 とうとうこの身に愛は宿らなかったけれど。


 ――もう二度と、父や母に抱き上げられることもないけれど。


 わたしはもう、このよろこびをはなさない。


 ――そう心から思える自分が嬉しくて、唄はいよいよ加速する。


 だからこそ、見えないあなたを捜し求め。


 ――硬い樹皮が、みしりと音を立てて。


 隠れるあなたを見つけ出すため。


 ――幹に縦に亀裂が入り、無数の破片が落下する。


 わたしはもうこんなにも。


 ――あたかも、巨樹全体が花開くかのように。
  ――樹冠が四方に傾ぐ。枝が八方に垂れ下がる。


 あぁ、もうこんなにも。


  ――その内部には、白く、ちいさく、いとけない赤子の手があった。
 ――ざらついた樹皮の内側に、びっしりと密集していた。
   ――あたかも、自らの存在を誇らしげに主張するかのように。


 焦がれて、焦がれて、張り裂けそう。


    ――てんでに蠢き、うねり、のたうち回り。
  ――その、幼い肉の群れは、それでも楽しげに。
     ――唄に合わせて、絡み合い、舞い踊り、咲き狂う。
 ――何かを探して、いつまでも、いつまでも。