螺旋のモノリス~京都湯けむり殺人神父ラヴィニ―のドキ☆釘付け魅惑大胸筋~

小説書きでミニチュアゲーマーが何の生産性もない無益なことばかり延々とくっちゃべってるブログ

第二次維沙育成方針会議 その4

 ――「徘徊する悪霊騎士」に対し、尋常なダメージレースなど挑んだところで勝ち目は一切ない。
 根本的な戦闘能力が人間とは違いすぎるのだ。
 絶無とて、この世界に来た瞬間に身体能力の爆発的な向上を実感し、さらにその後実戦経験を積み重ねることで超人的な剣士として研ぎ澄まされていたが、あれはもはや桁が違う。
 恐らく、高い世代の霊骸装(アルコンテス)ともまともにやり合える化け物の中の化け物だ。
 ゆえに、その攻略にはかなり入り組んだ作戦を立てる必要があった。

 ●

「それで、久我よ、部隊編成はどうするのだ? お前と維沙は確定として、魔月と俺の同行も決まった。残り二人は誰にする?」
 諏訪原篤は腕を組んでこちらを見る。
「俺ならいけるぜ。前の時は何もできずにぶっ殺されたけどな!」
 狼淵は快活に笑う。
 この男も絶無や篤と肩を並べる実力者であったが、前回は戦闘開始と同時に即死していた。
 絶無はそれに答えず、軽く咳き込んだ。
「……まず必要なのは「デバインアーマー」だ」
 かすれた声で、それだけを言う。
「でばいん……? 狼淵よ、知っているか?」
「あー? あのー、あれだろ、なんかすげえ鎧だろ。まったくそれくらい知っとけよ常識だぜ〜?」
「むぅ、そうであったか。南蛮の言葉はよくわからぬ」
「違うわ馬鹿ども。貴様らと付き合っていると僕の優秀な脳細胞が日々壊死してゆくのを感じるぞ馬鹿ども。クレリックがレベル27で取得する魔法だ馬鹿ども。よく覚えておけ馬鹿ども」
「あー、知ってた知ってた。で、どういう奴なんだ?」
「味方一人の防御力を上げる。以上だ」
「……有用と言えば有用だが、「徘徊する悪霊騎士」を目の前に、一人ずつかけている余裕などまったくないように思うが」
「問題ない。かけるのは諏訪原、お前ひとりだけだ。そして奴の猛攻を一度だけ凌げ。それで勝敗は決する」
「おいわけわかんねーぞ。だいたいやっこさんのレベル制限は23じゃねーか。レベル27で覚える魔法なんざ使えねえだろうが」
 答えようとして咳き込む絶無。
 そこへ、話し声が近づいてきた。
「イズナどのイズナどの。もっとハチミツ入れるであります」
「いや、それ、さすがに入れすぎなんじゃ……」
「喉が痛いときは生姜紅茶にハチミツと、以前アイリどのが仰っていたであります。甘いの大好きであります!」
「うん、わかってたけどキミも飲む気満々なんだね」
 二人の子供がティーセットを盆に乗せて絶無たちのテーブルにやってきた。
「お待たせ絶無。狼淵と篤もよかったらどうぞ」
「貰おう」
「うむ、いただこう」
「おい、茶よりそっちの輪っかみてーな菓子くれよ菓子。何それ見たことねえ!」
「ばあむくうへんと言うらしいであります! アイリどのが丁度作っておられたであります。すごくおいしかったでありますっ!」
「……いつの間につまみ食いを……」
 止める間もなく狼淵はバームクーヘンの一切れをぐわしっと手で掴んでもっしゃもっしゃ食べ始める。
「うめえ! なにこれマジうめえ!!」
「食器という文明の利器を使おうとするそぶりぐらい見せろ土人か貴様。……げほ、維沙、さっさと注げ。頭痛がしてきた」
「うん……どうぞ」
 注がれた紅茶を絶無と篤と狼淵は一斉に呷った。
「ブーッ!」
 篤と狼淵は同時に噴出した。
「あー! もったいないであります!」
「あっま!! ゲロ甘……ッ!」
「く、口の中に痺れが残るほど甘い……」
 白目をむいて口の中を中和すべくバームクーヘンに群がる二人。
「まったく見苦しい奴らだな。齢十七を数える人間として恥ずかしくないのか。少しは落ち着きというものを持て馬鹿ども」
 絶無だけは平然とカップを傾けていた。
「あ、あの、絶無は大丈夫なの?」
「悪くない。が、もう少し甘くても良いな」
 目の下に縦線が現れる維沙。
「じゃ、じゃあティーポットに残ってる分は全部絶無にあげるから」
「あ、小官も! 小官も飲むであります!」
「好きにしろ。それで、フィン・インぺトゥス。飲みながらでいいから聞け」
「はいであります! んぐんぐ、あまーい」
「明日、「徘徊する悪霊騎士」に挑むことになった」
 その言葉を聞いた瞬間、フィンの体に衝撃と緊張が走るのがわかった。
 紅茶の水面が揺れる。
「お前もついてこい。いいな?」
 畏怖を帯びた一瞬の沈黙ののち、フィンはカップを置いて立ち上がった。
 軍靴を鳴らして敬礼する。
「つ……謹んで、拝命するであります! フィン・インぺトゥス准尉、ゼツム隊の勝利のため、身命を捧ぐ所存であります!」
「良く言った。作戦開始時刻は明朝7:00(ナナマルマル)だ。今晩はよく体を休めておけ」
「了解であります! チョコレート持ってっていいでありますか!」
「許可する。五千血晶ほど小遣いをやろう。買えるだけ買っておけ」
 フィン・インぺトゥスは、霧沙紀藍里とは異なり、最初から今までクレリック一筋でレベルを上げてきた。今のところ絶無隊で「デバインアーマー」を唱えられる唯一の戦力である。
 ちなみにチョコレートを食うとMPが回復する。やはり魔法も頭脳労働の一環のようで、糖分補給が重要であるようだ。
 フィンは目を輝かせて、
「ありがとうございますっ!」
 満面の笑みだった。明らかにチョコ食べたいだけだった。
「もぐもぐ……それで、久我よ、部隊の最後の一人はどうするのだ?」
「俺か? 俺なのか?」
「お前ではない座ってろ狼淵」
「えー、マジかよ」
 とはいえ、だ。
 絶無自身も、果たしてあの男を実戦に出すべきか否か、いささかの葛藤はあった。
 狼淵はけっして弱くはない。名実共に絶無隊のメインアタッカーであり、その実力自体は絶無も信を置いている。
 だが、必勝を期する上で、サムライのとあるスキルが要となる以上、狼淵よりも格段に実力が上のサムライを起用すべきなのは明らかであった。
 ――あの、男。
 STRとAGLにのみ特化している狼淵とは異なり、VITまでも最高水準のパラメータを持つ、絶無隊の切り札。
 この世界においてもひとたび刀を振るえば間違いなく最強剣士の一角として威名を轟かすであろう無窮の修羅。
「――螺導・ソーンドリス……」
 その名を口にするだけで、どこか緊張に身が引き締まる。
 だが、本来、絶無は螺導・ソーンドリスを実戦に立たせるつもりはなかった。
 かの剣鬼は、老齢ゆえ生命点が一点しかない。
 つまり一度でも力尽きれば死亡確定なのだ。
 狼淵の生命点は三点。通常運用する戦力としては明らかにこちらの方が使い勝手が良い。
 ゆえに、前衛メンバーの武術指南役として、異邦人ギルドの中で飼い殺すつもりであったのだが――
 ――想定を上回る化け物が出現する以上、こちらも想定を上回る化け物をぶつけるしかない、か。
「気は進まんが、奴に声をかける」
「……本気か」
「あぁ」
 絶無は、席を立った。