螺旋のモノリス~京都湯けむり殺人神父ラヴィニ―のドキ☆釘付け魅惑大胸筋~

小説書きでミニチュアゲーマーが何の生産性もない無益なことばかり延々とくっちゃべってるブログ

「ありのまま」では獣と変わらん

 な、なぜだ……既プレイ組は確実にやきもきするだろこれ……。まぁないもんは仕方ないか。で、えー、アニメというか、ペルソナというシリーズの特異性? というほどでもないな、特色について触れて終わりにしよう。まぁ、心理学用語の仮面(ペルソナ)ですよ。なんかこう、フィクションではさ、仮面で心を守ることがどちらかというとネガティブな文脈で語られることが多いじゃないですか。そんな自分を偽ってばかりじゃ息が詰まる。ありのままの自分をさらけだそう! 的な。ペルソナに隠れることがよくないことであるかのように描かれがちだ。しかし『ペルソナ』シリーズは、仮面をかぶることを必ずしも否定的には描いていない。ペルソナもまた自分の一部である。というより、他者と絆を結ぶということは本質的に大なり小なりペルソナの介在を必要とするのだ。他者を思いやって、我欲を押さえる。むしろペルソナこそが人を人たらしめる本質なのではないかと。まぁ実際、俺も「ありのままの自分至上主義」にはいささか違和感を覚える人間の一人なので、この視点は共感した。取り繕ってんじゃねえと言うが、そもそも取り繕わないと人間とは言えないのでは

 時間切れ。

(それはそれとしてペルソナをかぶることに疲れ果ててしまった人物も登場する。なんというか視点が公平だ)