螺旋のモノリス~京都湯けむり殺人神父ラヴィニ―のドキ☆釘付け魅惑大胸筋~

小説書きでミニチュアゲーマーが何の生産性もない無益なことばかり延々とくっちゃべってるブログ

第二次維沙育成方針会議 その9

 螺導・ソーンドリスは、いわゆる直観というものをあまり信用していない。
 それは要するに自分が感じているものごとを正確に理解していないが故の妥協的表現だからだ。
 意識に上ってこない微細な感覚の集合を、理解できないがゆえに「直観」と名付けて思考停止しているだけである。
 だが――
「――修羅・裏式」
 その発音が終わりきらぬうちに、螺導は血統種の横を駆け抜け、その鍛え抜かれた腹筋を撫で斬っていた。
 血飛沫が吹き上がる。直前まで自分がいた位置を、ガイゼルのハルバードが微塵に耕していた。刃風が幾重にも折り重なり、奇怪な絶叫となって吹き抜ける。
 パーティメンバーらが瞠目した。彼らの目には螺導の姿が一瞬消滅し、直後に斬撃を終えた状態で出現したように見えたことであろう。
 そして――実際のところ、螺導自身にも自分が斬った瞬間を認識できていなかった。
 手に残る、緊密な組織を切断した生々しい感触の残滓が、辛うじて「自分は今斬ったらしい」ということを事後承諾めいて伝えてきているに過ぎない。
 手の中で魔人の竜刀の柄をくるりと持ち替え――再び意識が途絶。
 気が付いたら得物を振り抜いた姿勢であった。血飛沫と刃風が乱舞する。
 結局のところ、螺導は「こうかわしてこう斬ろう」などと思考して行動しているわけではない。それでは感の良い者には行動を予知されてしまう。
 ――「徘徊する悪霊騎士」ガイゼルは、アンデッドである。
 この世の摂理から外れた霊的活動体だ。彼らが生者を認識する手段は、視覚ではない。生者の霊魂そのものを感知し、位置を特定しているのだ。
 そしてこの認知能力は、図らずも人間でいう「直観」に近い働きをする。彼らは敵の魂の色を見て、次にどういう動きをするのかを予知的に察しているのだ。動きの鈍い下位アンデッドが、妙に手強く感じるのはこのせいである。
 増してや、生前以上の身体能力を得た最高位アンデッドたるガイゼルならば、白兵戦においてもはや無敵の力を得ていると言っても過言ではない。
 だが――その知覚能力は、螺導の前ではむしろ枷になっていた。
 なにしろ螺導はなにも考えていない。魂の色に変化はない。なのに体だけが勝手に動いている。
 螺導の世界の言葉で表現するなら、肉体の主導権を〈魂〉から〈魄〉へと明け渡している状態だ。
 ――無想の境地。
 肉体に染みついた技能のみで戦っているのである。通常、こうした「手続き記憶」だけでは、戦闘のような高度な状況判断を要する行いなど到底不可能なのだが、その生涯を死合に捧げた老剣鬼は、脊髄の中にさまざまな反射回路が集積され、相互に関連しあい、脳とほぼ遜色ないレベルの思考、と呼ぶほかないものを構築していた。
 まさしく脊髄反射ならぬ脊髄思考である。
 黒きハルバードが無数の弧を描き、醜悪にして絶美なる黒き薔薇を描き出していた。それら斬跡の狭間を、螺導はするりぬるりとやり過ごし、一閃、また一閃と斬り裂いてゆく。
「……僕とやった時は手加減していたか。いけ好かん男だ」
 背後の声に、螺導はかすかに苦笑する。
 手加減とは、少し違う。脊髄思考は「殺す」ことしか考えられない。試合では使えないのだ。
 螺導の肉体は、常人ならば一瞬で挽肉に変えられてしまう巨大なミキサーの中を悠々と駆け回り、着実に深々と手傷を与えていった。デバインウェポンの呪いが乗った魔刀が歓喜の風鳴りを上げ、閃き、次々と死肉を引き裂いてゆく。
 すでにガイゼルは肉体の機能が崩壊する一歩手前の状態にまで追い込まれていた。いったん相手の攻撃を許し、後の先を取り続けるサムライスキル「修羅・裏式」の、これが威力であった。完璧に状況を整えてやれば、血統種すらも一瞬で葬り去る絶技。数々のバフを積み上げたのち、維沙の「暗示:盲」でガイゼルの動きを鈍らせ、「修羅・裏式」で相手が実力を発揮する前に瞬時に仕留める。
 これが絶無の見出した、勝利への唯一の道筋であった。
 だが――

 ●

 螺導・ソーンドリスは、最高位アンデッドというものをいささか誤解していた。
 ガイゼルはそのあたりのスケルトンとはあらゆる意味で格の違う存在だ。明確な知性を持っている。
 霊的知覚では予知ができない事実をガイゼルが理解し、対策を打ってくるということを、彼は予測していなかった。
 ……ゆえに、続く事態を許した。

 ●

 足元。
 地面すれすれを、ガイゼルは大きく横薙ぎしてきた。受け止めることなど絶対に不可能な威力。
 ここで、螺導自身が肉体を制御していれば、すぐに飛び退って仕切り直すべきだという判断ができていたはずであったが、脊髄思考には後退などと言う発想はなかった。
 ゆえに――前方へ跳んだ。
 跳んでしまった。
 いかに絶類の剣鬼と言えど、空中を自在に動くことは叶わない。確たる地面があってこその、変幻自在の剣技である。定められた放物線を、変更もできずなぞるだけの存在となった。
 足下を凶暴な風がなぶってゆくのを感じながら、螺導は己の失策を知った。
 ――おやおや。
 迫る。
 黒い輝きをまとうハルバードが迫る。魔的な速度で引き戻された長柄が、小柄な老爺を間違いなく両断すべく正確な軌道で迫りくる。
 防御は可能だ。見え見えの軌道だから。しかし受け止めた瞬間全身の骨格が粉砕されて絶命するであろうことは火を見るより明らかであった。
 ――これはいけませんな。いや絶無どの、申し訳ない。どうやら我々の命数はここで尽きるようでございます。
 どうあがいても死ぬしかないので、螺導はあっさりと諦めた。無論、常人が諦めるのとは次元が違う。この一瞬で、己が戦闘経験のすべてを検索して逆転の筋道を探し尽くした。超絶的な集中能力ではあったが、結果は無為。死亡確定である。
 まぁ、自分が死ぬのはどうでもよいが、背後の若者らも直後に死ぬであろうことを考えるといささか忍びなかった。生と死にあらゆる意味で差異などなく、ゆえに生へしがみつくことは愚かであるし、死に向かうこともまた愚かである。螺導はその真理をすでに感得していたが、しかしそれはそれとして生死に執着する愚かな者らの有様を愛いとも思っていた。
 なんだかんだといって、自分は絶無隊での日々を、それなりに気に入っていたらしい。
 螺導は肩をすくめかけ――しかし己の肉体が勝手に刀を振り上げていることに苦笑する。
 健気な脊髄思考は、ここからでも生き残るつもりらしい。無論、意味などない。螺導はVIT値においても最高水準のパラメータを持っていたが、ガイゼルの攻撃力はそのような常識的な耐久能力など意味を成さない領域にある。
 だがまぁ、やめさせるのも馬鹿らしい。
 螺導は静謐な心持で、その瞬間を待った。
 そして――
 全身がバラバラに吹き飛ぶような衝撃が走り抜けたのちにも意識が持続していることに、螺導は不可解な思いを抱いた。
 ――こはいかなる仕儀か?
 どう考えても生き残るはずがないのである。
 螺導の肉体は、超高速で迫りくるハルバードに上から刀を叩きつけ、その反動で自分を上に跳ね上げることで回避しようとしたらしい。だがそれも意味がない。真芯を捉えた攻撃ではなくなるが、極端な話、接触した衝撃だけで死ぬ威力の攻撃である。ゆえに今自分が生きているのが不可解でしょうがなく――はてと首をひねる。
 両腕は激しい内出血と打ち身で、使い物になるのか危ぶまれる状態であったが、ともかく現存している。
 ――ひとつには、デバインアーマーの加護である。
 だが、篤と違って重厚な甲冑など装備していない身では、それでも耐えきれるようには思えなかった。
 そこで、螺導はようやく思い出す。
 

 ――初期特性、「防御修練」。
 絶無がこの世界に来る際「選ばれし者」の才能を授かったように。
 維沙がこの世界に来る際「弓術」の才能を授かったように。
 螺導にもその種の不可解な後天的才能(チート)が肉体の中に宿っていたのだ。
 本来はナイトが懸命な努力の末に会得する、衝撃を体外に受け流す特殊な運体である。


 ――いやはや、まったく、一度も活用したことなどございませなんだが。
 当然だ。己が血の滲むような研鑽の末に会得したものではないものを、使おうなどと言う発想が螺導にはなかった。
 とはいえ別段こだわりがあるわけでもない。
 生き残ったのならば、なるほど重畳、次の一手を放つのみ。
 螺導は肉体の制御権を掌握し、空中を縦に回転しながら魔人の竜刀を一閃した。
 ガイゼルの胸板に紅い花が咲き乱れる。両腕が限界の悲鳴を上げる。
 敵の背後に軽やかに着地。そして納刀。
 一瞬の静寂。


 そして、両者は同時に振り向き、その回転の勢いを乗ぜしめた閃撃を放つ。
 だが――ここにきてやはり、存在としての圧倒的な格差があった。
 ガイゼルの方が速く、強い。
 その単純ながら絶対的な事実に、螺導は。



 ――つづくッッ!!

(まさか螺導のターンが終わらんとは思わんかった……)