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このような拮抗はありえない。――つぎ会う時までにテメーを殺る算段はつけとく。命乞いの文言でも考えトけや奴との最初の邂逅において、そのような捨て台詞を吐いていた。
見出したのか。この僅かな期間で。
感嘆の風が胸を洗い、相手を理解せねば確殺は期せぬと思いなおす。
さらに数十合の爆撃を交わし、言葉にならぬ思いを交わし合う。
ヴォルダガッダ・ヴァズダガメスの勇猛と、孤独と、狂乱と、劣等感と、空虚なる無常を。
刃から柄を通じて伝わってくる、微妙な角度の意図と、衝撃の質から――からくりを看破する。
前回の戦いとの差異。
肉体の違い。得物の違い。
そして――[頭脳中枢の位置の違い]。
ほんでまぁ、「こいつ誰だっけ」の予防策めいたなんかを書いたわけなんだけんどもさ。なんかこう、創作論を語るな! みたいな? そうゆう言説も世の中にはあるわけじゃないですか。あれの真意というか、本質は「創作論は創作よりもウケるから、創作論に味を占めると肝心の創作をやらなくなる恐れがある」というような感じのなんかだろうと思うわけですな。であるならば日々シロガネを書き、アンタゴニアスを定期連載している俺などはまったく問題ないということですな!!!!!! ちげーだろ。アホか。俺はまず、創作論よりも創作のほうがスキ数が少ないという現実を恥じなくてはならない。それではダメなのだ。ここで「百話以上続いた作品だからしょうがない」とかいう惰弱な言い訳をしてはいけない。それでは成長がない。ではどうするのか。ぷっ……ぷろもーしょんを……もっと、がんばる……。……具体的には? ぜんぜんわからん。俺は雰囲気でシェアツイートをしている。だがまぁ、たとえば、もっと創作論記事を書いて、まぁ小説本編よりウケるのは癪だが、それはそれでいい。それを利用して……もっとこう……認知度を……増やせないだろうかという……そういう雰囲気を作っておいて……
時間切れ。
(普段こんなすごい創作論を書いてる人が実際にどんな作品を書くんだろう!? 的な……導線として機能させる的な……なんかそうゆうの……)