過去の文章、発掘更新その4
湿った音をたてて、肉色の何かが動いていた。
朽ちかけ、穴だらけとなった天井から差し込む陽光の下を通るたびに、ソレの体表が毒々しい光沢を帯びた。無数に伸びた触手が打ち振るわれ、空気が高く唸る。そのつど粘液の飛沫が散乱し、水音をたてた。
触手の幾本かが鎌首をもたげる。ぬめる表皮を引きちぎりながら、花弁のように口を開いた。
異様に甲高い鳴き声を上げた。二度三度。いくつもの触手が口々に鳴くそのさまは、親鳥の帰りを待つ雛の群れのようであった。食べ物を求めている。
方々にぬるぬるとした手を伸ばすも、そこにはもう鼠一匹いなかった。
一際高らかに悲鳴を上げ、くたりとうなだれる。
断続的に、痙攣した。
力なくのたうちながら、ふたたび蠢きはじめる。
花弁状の口が裏返り、中から無数の牙が現れる。それぞれが別個の意思を持っているかのように振り回されている。牙と牙が何度もぶつかり、硬質の旋律を奏でた。
やがてすべての牙が噛み合わされ、ギロチンの落ちるさまにも似た音色で演奏は締めくくられる。
そして――
異音が発生する。濡れ雑巾を引き裂く響き。
ある触手が、別の触手に喰らいついていた。牙をつきたてられた触手は狂ったように頭を振った。
それを皮切りに、あちこちで冒涜的な饗宴がはじまった。牙が肉を穿ち、体液が噴出し、咀嚼されるさまが、粘質の騒音に彩られながら繰り広げられた。食い千切られた肉片が床に叩きつけられ、押し花のように広がる。
数分ほども、つづいたであろうか。
結果は最初から決まっていた。自らを喰らって、それで餓えが満たされるはずもない。
ソレは動かなくなっていた。
思い出したかのようにひくりひくりと肉が収縮するほか、何の動きもしなくなっていた。
やがて断末魔の震えも、止まった。