螺旋のモノリス~京都湯けむり殺人神父ラヴィニ―のドキ☆釘付け魅惑大胸筋~

小説書きでミニチュアゲーマーが何の生産性もない無益なことばかり延々とくっちゃべってるブログ

というか正直作者の中でもさほど明確ではない

 で、そうだ、バス停の扉絵について触れてなかったな。実際どうなのか。こう、あれだ、読者によって、想像する人物ビジュアルは違うじゃないですか。皆それぞれイマジナリー諏訪原篤なりイマジナリー嶄廷寺攻牙なりがいるわけじゃないですか。したらおめー、ここで扉絵に三馬鹿を登場させてそのイメージを壊すのは忍びないような気はするのである。スェドンザ骸装態に関しては、恐らく「コレジャナイ」と感じた人はいない、と思う。少なくとも俺は「完璧なイメージ化だ!!」と思っている。しかし、それはクリーチャーであるからという点もあるのかもしれない。人物だと、より繊細な、なんかが求められるし、些細な違いも大きく認識されることだろう。人は、怪物の個体差はまったく認識できないが、人間の個体差には極めて敏感である。しかし、一方で、戦いの後の姫川病院前、というのもエモくて良いが、いささか地味なような気もする。俺はそういう、人物を排した情景という奴がかなり好きではあるのだが、一般的に言ってそれは商品のパッケージとしてキャッチ―さに欠けていないか? いや、これこそが真に『フルスイングでバス停を。』の世界観を示す案ではないか?

 

 時間切れ。

 

(アンケートを取れないかなぁ。三馬鹿のイラストが見たいか、見たくないか)