螺旋のモノリス~京都湯けむり殺人神父ラヴィニ―のドキ☆釘付け魅惑大胸筋~

小説書きでミニチュアゲーマーが何の生産性もない無益なことばかり延々とくっちゃべってるブログ

さもなくば四部以前の死闘がすべて茶番に堕してしまう

 いや、昨日の日記で、なんか納得できないと書いたが、よくよく考えてみれば納得できたわ。キングクリムゾンとエピタフの能力の存在は、前提としてジョジョ世界が決定論的な宇宙である必要がある。さもなくばあの能力は成立しえない。つまり人類は本当は自由意志などなく、判断など行っておらず、すべては指一本の些細な動きに至るまでことごとく運命に定められており、自力でそのさだめをぶっちぎることは不可能である、ということだ。ゆえにボスがキンクリでボラボラを回避しようがすまいが関係なく、ボラボラは継続される定めであり、「意識」自体が単なる錯覚に過ぎず、本当は存在しない。その中で、運命に自分の意志で限定的ながらも干渉できるキンクリを持つボスは、この世で唯一の自由意志の持ち主であったとする、かなり絶望的な世界観が明らかになってくる。ゴールド・エクスペリエンス・レクイエムがこの世に誕生するまでは、世界はそのような「目覚めることなき奴隷」でしかあり得なかったのだ。あるいは、こう考えることもできる。ボスがキンクリに覚醒したその瞬間から、宇宙は決定論の軛に繋がれるようになったのかもしれない。本当はさだめられた運命などなかったはずなのだが、キングクリムゾンはそのような宇宙観を邪悪に歪め、束縛していたとする解釈も成立しうる。

 

 時間切れ。

 

(というのも、「本当は運命などなかった」ということにしないと、キンクリで運命に干渉できること自体が無茶苦茶というか、「キンクリによって歪められたあとの運命は誰がどうやってシナリオを書いているのか」という疑問が新たに発生してしまうためである)