螺旋のモノリス~京都湯けむり殺人神父ラヴィニ―のドキ☆釘付け魅惑大胸筋~

小説書きでミニチュアゲーマーが何の生産性もない無益なことばかり延々とくっちゃべってるブログ

ケイネス先生の聖杯戦争第二十三局面

(お詫びと訂正。昨晩、ゲイボウが打ち払われて宙を舞った的な記述を書きましたが、その後……というか仕事中に詳細な脳内シミュレーションを行った結果、打ち払われたのがゲイボウだとのちに非常にマズい事態を招くことがわかったので、宙を舞っているのはゲイジャルグの方であると脳内修正していただけると幸いです。許して腸捻転!!!!)

 

 キュプリオトの剣を振り抜いた征服王の目前で、鮮やかな朱槍が旋転する。

 青き騎士の宝具を片方奪った。即座に間合いを詰めて畳みかけたいところであったが、『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』の剣呑極まりない力は、緒戦におけるセイバーとランサーとの決闘を傍観した折にしっかりと把握している。

 物体が自然落下する速度は、サーヴァントの戦闘感覚においてはじれったいほどに遅い。討ち飛ばすにせよ、回り込むにせよ、敵に一息入れる間隙を与えてしまうだろう。

 ふと、ランサーが一歩飛び退り、胸元に手をやっていることに気付く。

 ――何をしておる?

 『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』を打ち飛ばされてフリーとなった右手が、胸に括りつけられた小聖杯を掴み――引き千切った。

 何か嫌な予感がしたが、直感スキルのないイスカンダルにはひとまず様子を見る以外の選択肢が浮かばない。

 ランサーはそのまま血塗れの右腕に縄のような筋肉を浮かび上がらせ、オーバースロー気味に小聖杯を、投げた。

 ゆるやかな放物線を描きながらこちらに飛来する小聖杯。敵の行いのあまりの慮外さに、イスカンダルは刹那の混乱に襲われる。

 投げてどうする。

 投げてどうするのだ。

 無論、サーヴァントの腕力で物を投じれば、それはそれで凄まじい威力は出るだろう。小聖杯ともなれば濃厚な神秘を帯び、その物理衝撃はイスカンダルになんらかのダメージを与える可能性はある。

 が――下策も下策だ。そんなもので行動に支障が出るほどの傷を負うなどあり得ぬし、そもそも小聖杯はランサーにとって守りの要だったはずだ。それを自ら捨てるなど、まるで意味が分からない。改めて『神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)』に乗り、蹂躙制覇するという選択肢が与えられたに等しい。勝機を自ら捨て去ったとしか思えない。

 だが――そこでイスカンダルはとある危惧に至り、目を見開く。

 ――ちょっと待て、おい。

 人の域をはるかに超える豪速球。

 ――これ、聖杯、大丈夫なのか?

 激突した際の衝撃に、聖杯は耐えられるのか? 見たところ金属製だが、それはサーヴァントの投擲に耐えうる強度なのか? 小聖杯は武具ではなく、願望機を降臨させるための祭具である。ことさらに頑丈さを重視して設計されているとは考えづらい。であるならば――自分が受け止めなくてはならないのではないか?

 一瞬の懊悩。その瞬間、イスカンダルの意識は間違いなくランサーから逸れた。受け止めようと思ったらこの場を動くわけにはいかぬ。そしてなるべく優しく細心の注意をもって受け止める必要が――

 ……ゆえに、反応が遅れた。

 小聖杯を追い抜かし、剣呑な閃光が一直線にイスカンダルの胸板に迫りくる。それは放物線を描く小聖杯とは比較にならぬ速度で真っ直ぐに霊核を貫く軌道だった。

 『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』。

 ほとんど小聖杯を追い越す速度での強襲。全身の筋肉が悲鳴を上げ、次々と断裂。しかしてその槍技は流麗にして獰猛。会心の武功である。

 だが。

 勇壮なる裂帛とともに、必殺の一刺しがこともなげに打ち払われた事実には、さすがに舌を巻いた。セイバーにも伍する反応の速さ。令呪のもたらす絶大な能力値ブーストは、ディルムッドの予測を超えていた。火花が狂い咲き、黄槍ははるか遠くへ飛んでいった。

 剣を振り抜いた状態で、無邪気に笑う征服王。その額に小聖杯がぶつかって、どこかに飛んでいった。なにやら意気の削がれる情景。イスカンダルの貌に敵意や悪意はなく、ただ難行を成し遂げた少年のような、稚気じみた自慢があった。本当に、この男は何と晴れやかに笑うのだろう。その在り方に、何故か讃嘆を覚えた。

 だが、やることに変わりはない。

 ディルムッドは烈吼する。右腕が魔速にて伸び――いまだに宙を旋転していた『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』をつかみ取った。

 そう――紅槍を打ち払われるところから、ディルムッドの絶技は始まっていたのだ。小聖杯の放棄から端を発する二段構えのフェイント。キュプリオトの剣が降り抜かれ、胴ががら空きとなった機を、魔貌の騎士は過たず捉えた。

 血散。

 破魔の魔槍は征服王の肉体を深々と刺し貫き、背中側から突き抜ける。イスカンダルの髭面が吐血に染まり、愕然とこちらを見据えてきた。真正面から睨み返す。

 ――終わりだ、征服王

 しばし眼光を交わし合う。

 瞬間、イスカンダルの頬に、悪童じみた笑みが浮かんだ。

「ッ、なに!」

 ディルムッドは、今度こそ心の底から驚愕した。魁夷なる巨漢の胸筋と背筋が強烈に締まり、槍を抜けなくなっていたのだ。

 ゆえに、直後に落雷のごとく振り下ろされた剣撃を、後ろに跳んでかわすしかなくなった。

 槍の騎士は愕然とする。その双腕にあったはずの頼もしい重みは、どちらもディルムッドの手から離れてしまった。完全なる徒手だ。

「……見事よ、ランサー。舌を巻く武技の冴えだわい」

 胸から『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』を生やしたまま、イスカンダルは平然と口を開く。

「ムルターンを思い出すのう。このイスカンダル、肺を貫かれた程度では死なんぞ? わはは、目測を誤ったなぁ」

 ま、気にすんなよとでも言いたげな調子で、イスカンダルは笑う。

 痛恨の失態であった。宙を回る槍を掴みざまの刺突という絶技は、しかし相当の無理があったのだ。穂先はきわどいところで霊核をそれていた。

 ディルムッドは顔が引き歪むのを感じた。

「――さて」

 征服王はその場で跳躍。意を受けて神牛が戦車を牽いて猛迫し、王の着地に御者席を割り込ませた。

「その手に双槍はなく、聖杯も身を離れた。すでに大勢は決したと見るが、ま、今一度問おう」

 笑みを引っ込め、厳かな顔になる。

「ランサーよ、その武、その忠義、改めて余に捧げるつもりはないか? 貴様は良い。実に良い。共に轡を並べられたら、きっと胸躍るであろう。楽しいぞぉ、征服は」

「くどい! 俺の今生はケイネスどのに捧げたのだ! お前の出る幕はない!」

「で、あるか。まぁ、そうであろうな。お主はそういう男よ。良くも悪くも、な」

 少し寂しげに、しかし慈しむように、征服王は微笑む。

「忠義の騎士よ、その在り方に敬意を表し、余も全霊をもって貴様を征服しよう! ――『遥かなる蹂躙制覇(ヴィア・エクスプグナティオ)』!」

 真名解放。神威の車輪が壮絶なる雷気を纏い、規格外の、法外に過ぎる魔力の嵐が吹き荒れる。

 戦車に、飛び乗るかーー? ディルムッドは生前、二槍を使った高跳びで城壁すら越えたこともある。やってやれないこともないが――今の負傷具合ではあの神代のいかずちに触れた瞬間消し炭になるであろうことは容易く想像できる。

 ディルムッドは、後悔と苦悶に眉をひそめながら、目を閉ざした。

 打つ手なし。

「……申し訳ありません、我が主」

 忸怩たる、血を吐くような謝罪。

「そして、申し訳ありません、我が父よ……!」

 脳裏に浮かぶのは、育ての親たるドルイド僧アンガスの姿。太い笑みとともに『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』を授けてくれた、誉れに満ちたあの日の情景。

 もう帰っては来ない、あの輝いていた日々。

 だが、それでも。

 それでも。

 カッと目を見開く。

「AAAALaLaLaLaLaie!!」

 征服王の鬨が轟き渡る。雄渾にディルムッドの全身を打ち据える。目前まで迫りくる極限の雷撃。

「――我が忠義に一辺の曇りなしッ!! ケイネスどの! あなたに勝利を捧げます!!」

 鉤状に強張った五指を前方にかざす。勇敵に向ける。

 そして、口を開く。死んでも言いたくなかった文言を、心の何割かを殺しながら、血を吐くように絶叫する。

 それは、サーヴァントとなったことで初めて聖杯より授けられた術。決して使うことなどあるまいと思い定めてきた禁忌。

「壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)!!」

 瞬間、対軍宝具の炸裂を思われる魔力の爆光が目を灼いた。遅れて凄まじい爆音と爆風が押し寄せる。

 なすすべもなく吹き飛ばされ、地面に打ちのめされるディルムッド。無様に地面を転がりながら、頬を伝う一筋の涙は、本人に自覚されるまでもなく砂塵にまみれた。

 やがて土煙が風に吹き払われると、そこには肉体が半分千切れかけて横たわる征服王の姿があった。

 身を起こし、足を引きずりながら歩み寄る。

「はは、まいったな、おい……」

 血を吐きながら、征服王は苦笑する。

「お前さんにとって忠義っていうのは、英雄としての誇りよりも重いのか?」

「然り」

 即答する。

「かなわんなぁ、余ならば絶対嫌だぞ……共に大地を駆け抜けた朋友たちとの絆を自ら捨てるなんざ……」

「だろうな」

 それがイスカンダルという男の王道であり、生涯であったから。

 決してこの禁じ手だけは予測しえなかったのだ。

「ランサーよ、ひとつ頼む」

「何だ」

 消えかけの腕が、尻もちをついて目を白黒させている少年を指し示す。

「うちの坊主は、どうか見逃してはくれんか……」

「……約束はできん。だができる限りのことはしよう」

「そうかい……まぁ……それでよい……」

 そして、ふっと、笑みを浮かべる。

「はは……まぁ最後にちょいとしくじっちまったが……こたびの遠征もまた、存分に心躍ったのう……」

 ――あぁ。

 ディルムッドは羨望の混じった息をつく。

 この男は、本当に、まったく、なんと晴れやかに笑うのだろう。

 粒子に分解されるように消え去ってゆく雄敵を、ディルムッドは敬意を込めて見送った。

 あとにはただ、透けるような青い空だけが広がっていた。