俺にとって理想の物語のイデアと断言できるのは『Fate/zero』ぐらいのもんである
アンタゴニアス125話をアレする。ようやっと第一部のラスボスがお目見えである。今回はなかなかいい感じの描写を入れることができたような気がする。やはり「●」で区切って強引にジアド視点を終わらせたおかげであろう。どんだけジアドくぅん視点嫌いなんだよお前は。せいせいした!!!! フフ、せいせいした!!!! ウフフ、あはは、せいせいした!!!!! で、今日の描写にはパクりもとがあり、『ブライトライツ・ホーリーランド』のクライマックスで、
一匹の魔物が、昏い街を疾る。
魔物の名は『ブラッドジャケット』。風のように速く、水のように柔軟で、闇のように無音。銃弾の牙を剥いて吸血鬼を喰らう、馳せる血溜まり、不定形の怪物だ。
ていう一節があって、まぁめちゃくちゃカッコイイ。これは前作『ブラッドジャケット』で最重要人物であった存在が、なんやかんやあって再び大活躍しはじめるシーンであるが、そこに至るまでのなんやかんやを知らない人にこのカッコよさを伝えるのは困難なのかもしれない――と言いかけて、それはなんか違くない? あのー、俺、よくしんない作品の名言集とかたまーに読みますけど、まぁどれもカッコイイ。とてもエモエモのエモだ。しかし実際に作品を読んでみると、なんというか、「そういう状況だったらそういうセリフ吐くよね」とすんなり納得できてしまって、衝撃がないと言いますか。作品を読むことでむしろエモが減衰するという怪現象をよく経験するんだけど、それと、今回「カッコよさを伝えるのは難しい」とか言ってんのとは真逆の現象ではないか? どうなんだ? おん?
時間切れ。
(名言を読んだ瞬間では、恐らく「俺好みの理想の物語」を妄想するのだが、当然現実でそのようなイデアに遭遇することなどほぼないのであり、そのギャップがエモの減衰を招いているのではないか)