sっせふぃfbvぴぴぴぴぴぴぴ!!!!!!!!!!
だがちょっと待ってほしい。「ゲームをポジティブに楽しむ主人公」はドラマになりえないのではないのか。そんなお前、ゲームやってキャッキャウフフしてるとこなんか小説として描いて、それで物語になるのかよ。……ならねえな……。だからゲームを手段に堕するしかなかったのだ。もっと切実な脅威なり危機なりがあって、その解決のための手段、という形でしかゲームは物語に関われないのではなかろうか。だがちょっと待ってほしい。それはおかしいはずである。まぁなんか、なにかのスポーツなりギャンブルなりを題材にした小説は存在する。なのに(手段に堕していない)ゲームを題材にした小説など俺は『連射王』くらいしか知らぬ。この差はなんなのか。体育会系の方々からしたら気に入らない結論であろうが、生産性が微塵もないという点で、ゲームもスポーツもギャンブルも同じである。なのになぜゲームだけが小説の題材になりえないのか。思うに、ゲームはそれ自体が物語であるという点が関係しているのではなかろうか。そんなに小説として魅力的なゲームを考えつけるのであったら、そもそもそのゲームの世界を直接小説として描けばいいのである。「それをプレイする主人公」などというワンクッションを置く意味がまったくない。
時間切れ。
(そしてまたクソザコナメクジに戻る文字数。再発するスランプ。明日もまるで書ける気がしない)