螺旋のモノリス~京都湯けむり殺人神父ラヴィニ―のドキ☆釘付け魅惑大胸筋~

小説書きでミニチュアゲーマーが何の生産性もない無益なことばかり延々とくっちゃべってるブログ

つまり「意外な一手」が「唐突なご都合主義」になりがちなのである

 だが俺がここまでぐだぐだほざいているのは、みんなが「あれすごかったねーヤバかったねー」と楽しそうに語り合っているところに「あんなん普通じゃん。何言ってんの?」とかほざきだす阿呆の所業であるということはわかっているのだ。わかっているのだが、しかしその「普通じゃん」が素直な感想であったとき、空気を読んでそれを一切アウトプットしないというのは果たして正しいことなのか? コレガワカラナイ。どっちが良いのだろうか。他人のことなど知るか!!!! 俺は俺の思うことを書く!!! というスタンスは正しいように思えるが、しかしそんなことをして、もたらす結果は空気を悪くするだけで、楽しめている人たちに対して損害を与え、生み出すものは何もないのである。そんなことを、たとえ正しいからと言ってやるべきなのか? あー、ワカラナイ。で、えー、書くことがないぞ。『やる夫はカードを引くようです』を読んでいる。面白い。非常に。あのー、なんかガチャでカードが出てくる世界で、で、そのカードからいろんなキャラクターが召喚されて戦ってくれる感じの話であるが、なんだ、事前に登場人物が所持しているカードをすべて明記しておくことができない以上、「トラップカード発動! なんたらをうんたらしてその手は無効だぜ!」みたいな展開に伏線を張ることができない問題について思いを巡らせる作品である。

 

 時間切れ。

 

(意外な展開をやらなければならない。しかしカードゲームにおいて意外な展開の伏線を張るのは非常に難しいのではないか?)