魔剣の話をしよう。
魔剣とは、理論的に構築され、論理的に行使されなければならない。
――悟れず狼狽え死を厭う。かくも有情は愛おしく。
さてさて、まずは左脚に体重をかけつつ重心を下げ、刀を鞘走らせることとしよう。ここから地を擦り上げるように刃を閃かせ、ガイゼルの胸板を両断する。
そう、頭で考えた。
ゆえにガイゼルは、その思考をおおまかに読むことだろう。
――無念無想は凪いだ湖面。浄謐なれど興趣に欠け。
さてさて、まずは右脚に体重をかけつつ重心を上げ、刀を鞘走らせることとしよう。刃を上に向けて、引き抜きざまに斬り下ろす。ハルバードを握る腕を断ち落とす。
そう、頭で考えた。
ゆえにガイゼルは、その思考をおおまかに読むことだろう。
――しからば華を浮かべよう。揺れ、回り、惑う彩(あや)。
さてさて、まずは振り返る動きを中断して跳躍。宙返りしながら空中で抜刀。全身の回転と、腰のひねり、腕の可動を完全同期させ、敵の切り株めいた首を飛び越えざまに両断。
そう、頭で考えた。
ゆえにガイゼルは、その思考をおおまかに読むことだろう。
それぞれの螺導は、それぞれの雑念を胸に、見え見えの行動に出る。
そのすべてを、ガイゼルに把握されることだろう。
否――把握させているのだ。
五十年の戦績、無数の殺人経験が、この不条理を可能とする。
――集い躍れ。薄く舞え。裂き誇れ。お前たちは美しい。
――魔剣、刳嗤(クルワシ)。
払暁が地平を斬り裂くように。静謐な水面に波紋が広がるように。天球の星々が悠久の巡りを廻るように。
螺導の撃刀(たちかき)は振り抜かれた。
客観的に、起こったことのみを述べるなら、ただの抜き打ちが一閃しただけである。螺導の動作に、常と異なる要素など何もない。
異常が起きているのは、お互いに終局の一手を繰り出した両雄の認識においてであった。
多重思考。〈深淵〉より汲み取った〈魂〉の情報のいくつかを選別し、自らの脳髄に引き込んだ。ガイゼルの霊的視覚からは、螺導が唐突に分裂してそれぞれが別の動きをし始めたように誤認されたことであろう。
ゆえに、対処ができない。
対手の人格が三つに分裂し、それぞれが別の攻め手を放ってくることなど、ガイゼルには予測もできない。
深淵接続者、螺導・ソーンドリスの手妻。その中でも卑小な部類の魔剣(こざいく)である。
あぁ、だが、しかし。
解き放たれた斬撃の、なんと清らかなことか。
なんと美々しく、厳かなことか。
時のようにとどめがたく、死のように平等で、闇のように慈悲深く。
――そして、星のごとくに至高。
代償として、螺導の両腕の骨格は完全に砕け散った。魔人の竜刀を取り落とし、だらりと腕を下げる。今や彼は地下死街で最も無力な存在となった。
逆三角形を成すガイゼルの上半身を斜め下から深々と斬割する太刀傷は、瞬時に燃え上がり、死肉を腐食していった。
べちゃり、と。
地下死街の毒沼に、徘徊する悪霊騎士は膝を屈した。その場にいるすべての者の足裏に、重々しい振動が伝わる。アンデッドの王が、力尽きる。
純血晶に由来する強制のオーラが消失し、絶無たちのレベルが本来のものへと戻ってゆく。
その、瞬間。
●
「ヒキキキクククカカカカカカカカッ!!」
哄笑がひり出る。嘔吐のように。射精のように。とめどなく。
体が勝手に動いていた。
この身に備わった「選ばれし者」の才能が、殺し切れる機を明敏に捉えていた。
加害に対する生理的・感情的な躊躇が極端に薄い精神構造ゆえに、絶無はその衝動を即座に肉体に伝達し、寸毫のタイムラグもなく実行した。
魔風が馳せる。老剣鬼の傍らを吹き抜け、獣のように爬行しながら。
両の眼光が尾を曳き、地底の地獄を鋭く斬り裂く。
鉤状に強張らせた左腕が、凶暴な唸りを挙げて、燃え盛るガイゼルの斬痕へと突き込まれた。
ぐじゅり、と。
強壮なる肉圧を、蟲のように蠢く指先で惨たらしく引き裂き、掘り進む。
ガイゼルの体が大きく痙攣し、弱々しく身じろぎするが、絶無を前に抵抗らしい抵抗はできないようだった。
やがて――上腕の中ほどまで埋まった瞬間、熱の塊に指先が触れる。
硬質でありながら同時に脈打つ、奇妙な感触を。
力の限り鷲掴みにし、獰悪に嗤いながら腕を思い切り引く。だが、固い。土に深く深く根を張った雑草のように、ガイゼルの巨体の隅々の組織と分かち難く癒着し、超越的な力を流し込み続けてきた結果、第二の骨格とも言うべき神経網を築き上げていたのだ。
「臓物(ワタ)ブチ撒けろやァッ!!」
その健気な抵抗を、愉悦に代えて。
絶無の腕に縄のような筋肉が浮かび上がり――やがて、決壊の時を迎える。
ぶちぶちと、弾力のある複数の管が、次々と千切れてのたうつ。
最後の一筋がぷつんと切れ――同時にガイゼルの巨体がパーツごとにバラバラに崩れ落ちた。まるで、今絶無の手の中で脈打つソレが、全身の形を緊密に縛る結び目であったかのように。
うずたかく積みあがる死肉の塊を踏みにじり、積極的虚無主義の獣は喉を仰け反らせ、けたたましく嗤った。
暗き宿命に取り憑かれた魔戦士が、己の嗜虐心を愛しながら、凱歌を吠えたてる。
あとの五人が、畏怖を込めてその宗教画めいた佇まいを見ていた。
――だが、それで終わりではなかった。
つづく!!!!!!!!!!!!!